WEBサイト書き下ろしエッセイ

 


幼い頃、田舎の小川で父と叔父がヤギをさばいているのを見てしまった。
毎日、私が野につれて行って草を食べさせていた黒ヤギだ。
妊婦にはヤギの肉が良いとされ、妊娠した母に食べさせるためだった。
が、そのせいで、私は二十歳になるまで肉料理が苦手になってしまった。
ヤギ肉だけではない。犬の肉も同じだった。
やはり幼い頃、隣のポクスニという友達の家に、ポクシリと呼ばれた犬がいた(どちらの「ポク」も“福”を意味する)。
真夏のある日、ポクシリがいなくなったといって、大騒ぎになった。私のヤギと同じ運命だった。
食用の犬は、俗に「トンケ」と言われる茶色か黒い毛色の雑種だ。
ポクシリも黒いトンケだった。
トンは糞。ケは犬。
今では見られないが、昔は小さい子どもに庭先でウンチをさせることがあった。
放し飼いの犬は、それを食べていた。
犬の肉は、一年中で最も熱い時期の食べ物として知られている。
韓国では最も熱い日をポク(伏)の日という。
日本なら「土用の丑の日」といったところだろうか。
ポクの日は、陰暦で6月15日から7月15日(陽暦では約一ヶ月遅れ)の間に、初、中、末の3回訪れる。
今でも犬料理屋は、この時期に一年分稼ぐと言われるぐらいだ。
「ケジャンクク・シンセヤ」。
隣家のポクシリがいなくなった時、祖母がぽつりつぶやいた。
ケジャンとは、「犬肉スープ」、シンセは「運命」のこと。
「犬肉スープになる運命」と言ったのである。
ポクシリは、ポク(伏)の日、人にポク(福)をもたらすという意味なのだろうか。
1945年以降、ポシンタン(補身湯)と名を変えて呼ぶようになったが、お年寄りは今でも犬肉のスープのことをケジャンククという。
日本でも、戦中戦後の食料事情が悪かった時、犬肉を食べたと聞く。
韓国では、かなり昔から滋養のために食べていた。
仏教が盛んだった高麗時代でさえも犬肉の風習が記録されている。
17世紀の医学書『東医宝鑑』にも、犬の肉が五臓を補い、胃腸を丈夫にするなどと、犬肉の評価が高い。
韓国ではポクの日に普通は熱い鍋を食べる。
実際は、犬料理は“おぞましい”と言って、食べない人の方が多いのだ。
ポクの日、川辺や渓谷などで男の人同士で酒を飲みながら、ケジャンククをこっそり食べることが多いらしい。
ポクシリもそうだったのかしら。

 

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