コラム

韓国文化 「韓国の民話の世界」連載


ヒョンニムとアウ
   
「韓国人は親兄弟をとっても大事にするんですよね」。いつだったか、日本人の友人に言われたことがある。我が家に、韓国から私の妹が来ていたから、そんなことを言ったのだろうか。
韓国語で兄弟はヒョンジェと言い、男女の兄弟のいずれにも用いられる。「何人兄弟ですか」という質問に、「7人兄弟です」と答えるのも日本語と同じだ。男女の区別の場合には兄弟(ヒョンジェ)・姉妹(チャメ)と言う。
私は、7ヒョンジェの長女である。30年前、韓国の田舎では5人前後ヒョンジェがいるのが普通だった。
兄弟が多かったから「ヒョンジェキリ・サイチョッケ・チネラ」(兄弟同士仲良くしなさい)と、朝晩の食事の前に祖父母や両親が毎日言うのだった。日本なら「他人に迷惑を掛けないように」と言うところだろう。ヒョンジェは、「仲のいい」「愛情を持つ」「思いやる」「助け合う」「血を分けた」などの形容詞を伴うことが多い。
「豆一粒でも兄弟で分けて食べないといけない」。祖父母から耳にたこができるほど聞かされた言葉だ。今と比べものにならないほど食物の種類が少なく、一番のおやつがサツマイモだった時代だ。どんなにわずかなものでも、兄弟が仲良く分け合って食べることを躾けられた。「仲のいい兄弟」の話は、祖父母から聞いていた話である。
   



この話は、1964年から2000年度まで35年以上もの間、韓国の小学校3年生の国語教科書に載っていた。兄弟の仲の良さをモチーフにした民話は他にも多い。韓国では、長男が家督を継ぎ、財産を相続することが多い。長男でないとつがせない場合もあるのだ。この民話の面白さはそういう束縛から自由なところにあると私は思う
70年代の半ばだったろうか、二人のコメディアンが食べ物を譲り合うコマーシャルがあった。「ヒョンニム・モンジョ」「アウ・モンジョ」と、譲り合った末、「じゃあ、お先に」と、ヒョンニムが先に食べる。兄弟間の関係が日本より濃密な韓国社会ならではコマーシャルだ。
韓国では、結婚後も、機会あるごとに兄弟が集まり、親密に付き合う。ある調査では、結婚後に兄弟が会う回数は月に少なくとも4回、多い時は11回だそうだ。冠婚葬祭はもちろんのこと、両親や兄弟の誕生日、子どもたちの祝い事、祭祀(法事)、年中行事など、一年をとおして兄弟が集ることは日本の比ではない。
兄弟の間が親密で助け合うことは、必ずしも良いことだけではない。時には甘えすぎ、頼りすぎる嫌いがあるからだ。
日本の生活に慣れるにつれ、日本の人は兄弟愛が薄いと感じた。成人して各々が家庭を持つと、兄弟の間も互いに一線を画しているように思われるからだ。
今でも、兄弟がつらい思いをしていると、自分のことように胸の裂ける思いがする。逆に、めでたいことがあると自分のことのように嬉しい。
弟や妹と一緒に暮らした頃を思い出させてくれる「ヒョンニムとアウ」の話。私と一歳違いの弟は、十数年前に交通事故にあった。意識不明の状態が6ヶ月も続き、その間に私は9回韓国に行った。末の妹は会社を辞めて弟の面倒を見た。その甲斐あって、後遺症はあるものの元気に暮らしている。その弟のことを思うと今でも胸が痛む。


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