コラム

韓国文化 「韓国の民話の世界」連載


ホランイ・オンダ!(虎が来るよ!)
   
先日、数ヶ月ぶりに韓国に帰った時、友人の家に泊った。玄関を入るとすぐ、大きなホランイ(虎)を描いた掛け軸が目に付いた。「ホランイの絵は幸運をよぶんですよ」。友人のお舅さんが教えてくれた。
韓国の民画には、よくホランイが描かれる。丸い顔と大きなギョロ目をしたホランイの民画は、韓国の伝統工芸品を売る店が軒を並べるインサドン(仁寺洞)に行けば簡単に手に入る。
韓国人にこれほど親しまれている動物はいないだろう。諺も「ホランイに生肉の番をさせる」などと言う。日本なら「猫にかつおぶし」と言うところだろうか。
かつて、韓国では民家の近くまでホランイが降りて来ていたらしい。家畜をさらう、人を襲う、恐ろしいホランイは身近な存在だった。日本語で「噂をすれば影」に当る「ホランイド・チェマラミョン・オンダ」(虎も自分の話をすると現れる)という諺があるぐらいだ。
「怖い人」の代名詞にも、ホランイが使われる。ホランイ・ソンセンニム(虎先生)、ホランイ・ハルモニ(虎祖母)がそうだった。日本語なら「鬼教師」「鬼婆」といったところだろう。昨年のワールドカップでは、ヒディンク監督が「戦術変幻の虎」と呼ばれた。
ホランイは怖い存在であった。怖いホランイをモチーフにした民話も多い。幼い頃、祖母に聞かされた話を思い出す。体の弱かった私は、家族から離れて一人だけ田舎の祖父母のところで暮らした。夜になるとめそめそ泣く私に、祖母は決まって「ホランイ・オンダ!」(虎が来るよ)と、脅かす。都会と違って真っ暗闇の外には、本当にホランイが来るように思われた。「ホランイとコッカム(干し柿)」という話をよく聞かされたから、余計に恐ろしかった。
   



他にも韓国にはホランイをモチーフにした民話がたくさんあり、中でも、山道でバッタリ虎に出会った人間が、知恵を絞って虎をこらしめるといった話が多い。「虎にくわえ去られても気を確かに持ちさえすれば生きられる」という諺が生まれる所以だ。
ホランイは、古代の韓民族の始祖(檀君)神話に現れる「神獣」でもあった。今も、「昔々」の意味で「虎がタバコを吸っていた頃」という。かつて、韓国の人々は「虎」に親しみと畏敬の念をもって接していたのだ。
88年、ソウルのオリンピックのマスコットも「虎」だった。いつの頃からか、韓国の地図を「虎」の形で表すようになった。古代から現代に至るまで「虎」は神獣だ。
黄色い毛並みに黒いしま模様の小柄で、少しユーモラスなホランイは、今も韓国人の精神世界に生きている。


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